「結局は、やるか やらないか」の覚悟

 

今月決めた「結局は、やるか やらないか」の基準。

 

何よりも待ち望んでいた約束。

 

でも、約束を守れなかった。

 

 

結局、やらなかったということ。

 

どんなことがあったとしても、私が結局、やらなかったということ。

 

待っていてくれた人に作ったはかり知れない失望を、どんなに悔やんでも。

 

 

今の約束が守れないのに、未来の約束が守れるわけがない。

 

今のままでは、未来の約束は守れない。

 

 

未来の約束を守るために。

 

「結局は、やるか やらないか」

 

 その覚悟から、もう一度始めます。

 

「感動」するのが一番いい

「感動するのが一番いいと思うから」

 

今日、93歳の伯母からもらった言葉です。

 

「この桃の色、かえらし(可愛い)から、見せちゃげようと思って持ってきた」

 

今朝、93歳の伯母が、隣の部屋にいる私のところへ、杖をつきながら

ふっくらとした桃を見せにきてくれました。

 

見ると、てっぺんにだけほんのりと紅色がかかったまあるい桃。

よくある桃の色です。

でも、この桃を見て、可愛いと思った伯母の感性、

そして人に見せてあげようと杖をつきながら、持ってきてくれた

伯母の気持ちに、感動しました。

思わず伯母が可愛いと思った桃をパシャリ。

 

朝食を一緒にとっていると、裏山からウグイスの綺麗な声が聴こえてきました。

すると「あのウグイス、鳴きかた下手で

『ホー、ケキョ』っていうから

鳴きかた教えちゃげてんの、『ホー、ホケキョ』って」。

 

常々、伯母のユーモアと瑞々しい感性は、どこから来るのだろうと思っていました。

 

午後になって、伯母が、ポソっと「うちの人、あんまり感動せーへんから、

もっと感動しなよう、って言うちゃんの」と。

 

「感動するように心がけてるの?」と聴くと、

「心掛けてるわけじゃないけど、好奇心がいっぱいあって。

『感動する』のが一番いいと思うから」と。

 

ハッとしました。

伯母のいつまでも瑞々しい感性とユーモアは、

「感動」から来ているのだと。

 

改めて、「感動」から始める。

 

やってみようと思います。

 

やっぱり、聴きたいのは「あなたの言葉」

たとえば

「こんなこと言っちゃいけないんじゃないか」

「ひどいこと思ってるんじゃないか」

と感じて言葉にできないとき、

つい、無難な言葉を探してしまいませんか。

 

先日 参加した勉強会で、7年間のひきこもりを経て

入社した女の子が、2年がかりで変化してきた様子を

社長さんからお聞きする機会がありました。

 

彼女について、

真面目で一生懸命仕事をするけど、とにかく自信がない。

「自分はひどいこと思ってるんじゃないか」と

言いたいことも言えなかった、と。

 

「たまに発言しても、遠慮しながら話すから、

話がつまんないんだよね。

ところが、本人が思ってること、そのまま話してもらうと、

これが 結構 面白いんだよね。」と。

 

本人は言っちゃだめだって思いこんで、言いたいことも言えない。

でも、思い切って自分の言葉で伝えてみると、人が聴くと、それ、面白い!

なんですね。

 

やっぱり、みんな聴きたいのは

 

「あなたの言葉」

 

なんです。

 

「自分の言葉」で伝える

 

たとえば、面接をうけるとき

「スラスラ答えなきゃいけない」

「いいこと言わなきゃいけない」

そんな風に思ったりしませんか?

 

でも、

スラスラ答えられなくても、

いいこと言わなくても、

面接に合格できる方法、あるんです。

 

なんだと思いますか?

 

それは、

 

「自分の言葉」で伝えること。

 

 

昨日、「自分の言葉」で伝えるよろこびについて書きました。

 

書いた後で、 私自身のことを思い出していました。

 

今の職場に入る時、英語での面接がありました。

しばらく英語から離れていた私は、緊張のかたまり。

質問を聴き直さなければならなかったり、

言葉に詰まりながら、質問に答えました。

 

でも、とにかく、そのままを丁寧に伝えようと思っていました。

 

終わってみて、我ながら拙い面接だったと思いましたが、

伝えたかったことは伝えた、そんな気持ちでした。

 

後日、採用通知をもらい、面接官だった一人の人のもとで働くことになったとき、

その人が、なぜ私を採用してくれたのかを話してくれました。

 

「『自分の言葉』で答えていたのがよかったんです。あれでいいんですよ。」と。

 

それから、今の職場で、私自身

「自分の言葉」で伝えるよろこびを知りました。

 

大げさに聞こえるかもしれませんが

「生きている!」そんな感覚でした。

 

なぜ、「自分の言葉」で伝えることが、

これほどのよろこびとなるのでしょう?

 

それは、

「自分の言葉」で伝えると、相手とわかり合えるからです。

 

まず、そもそも、人は、借りものの言葉には、素通りしてしまいます。

 

あなたが「自分の言葉」で伝えた時、初めて人は耳を傾け、

相手も「自分の言葉」で、答えてくれます。

 

たとえ、そこに意見の違いがあったとしても、

お互いが「自分の言葉」で伝えあっていると

一緒に到達できる地点があるのです。

 

お互いが本気になれるのは、

「自分の言葉」で伝えあうことから始まるのだと思います。

 

だからまずは、自分から。

 

「自分の言葉」で伝える。

 

あらためて、

私も想いを込めて「自分の言葉」で伝える

やってみようと思います。

 

聴きたいのは「あなたの言葉」

 

たとえば、人に意見を求められたとき

 

「いいこと言わなきゃいけない」

 

「何を求められているんだろう?」

 

「たぶん、こういうことだよね」

 

と思いながら、一般的によく言われている言葉で表現したり、

抽象的な言葉で伝える、なんてこと、ありませんか?

 

一般的な言葉ではなく、抽象的な言葉でもなく、

「自分の言葉」で伝えられたら。

素敵だと思いませんか?

 

先日の大学での授業。

 

授業後の事後レポートの質問項目に、

「今日の授業を受けて、みなさんの中に起こった変化(気づきなど)を

1つ書いて下さい。 白紙にせず、なければ、ない、と記入して下さい」

という質問を含めておきました。

 

ほとんどが、授業内容に関することの中で

 

その中にあった一つの言葉。

 

「(グループディスカッションの)話し合いにより、自分の意見が言えた」。

 

 

グループの中で、「自分の意見が言えた」。

 

 

「自分の言葉」で、「自分の意見」を伝えられたよろこびが伝わってきました。

 

 

そして、それを自分の中に起こった変化としてとらえた。

 

 

小さな心の火が灯った瞬間。

 

 

私たちは、つい

「いいこと言わなきゃいけない」

 「何を求められているんだろう?」

 と、相手の目を気にするあまり、

一般的に使われている言葉を口にしたり、

抽象的な言葉で伝えたりしてしまいます。

 

でも、本当に聴きたいのは

 

「あなたの言葉」。

 

聴く側も「あなたの言葉」が聴きたくて、質問するのです。

 

「自分の言葉」で伝えられるよろこび。

 

そんな場面に立ち会えたら、幸せだなぁと思います。

 

 

 

「できない」ことをあじわう

 

 

たとえば

「これ、できないのがつらいなぁ」

「なんでできないんだろう?」

って思ったことがあるなら、

 

その「できない」ことを

しっかり味わう。

 

なぜか?

 

相手の小さな変化に気づけるから。

 

先月、大学で1コマ授業を持ちました。

授業開始後15分ほどで、方眼ノートの使い方を手渡し、

今日の授業は、この視点で聴いてほしいと伝え、

それを、ノートのテーマのところに書き込んでもらいました。

 

授業が終わった後に提出してもらう事後レポート。

それを見て、驚きました。

 

私が重要なポイントをさらりと流したにも関わらず、

そのポイントをきちんと捉え、レポートに反映できていました。

さらに、授業内容を自分ごととして捉え、こうすればいいんじゃないか、

という提案や、こうしていきたい、こうすると決めた、と

自分の言葉で、学生の意思が記されていました。

 

方眼ノートを手渡す前と

手渡したあとの学生たちの小さな変化。

 

私も同じことをできなくて悩んできたから

学生の小さな変化に気づける。

 

できないことも、わるくないな。

 

イメージすると。。。楽しい!

たとえば、

「こんな話、楽しいかな?」

「うまく話せないなぁ」

「どうしたら場を盛り上げる話ができるんだろう?」

なんて、思ったことありませんか?

 

その場にいる人たちが、あなたの話をもっと聴きたい、

あなたもその場にいる人たちも、「とにかく楽しい!」

と思える会話の方法があること、ご存知でしたか?

 

その方法とは、

 

話をイメージすること。

 

 なぜか?

 

全力で会話するから。

 

 

先日、ある勉強会に参加しました。

各自が10個の変化の物語を持ってきて、

おのおのが聞いてみたいことを本人に聞くという形式。

それによって、物語の背景ストーリーを肉付けする、という課題でした。

 

自分の心が動いた物語をイメージしながら、

わからないところの事実を聴く、という視点を持って

各自5分の短い持ち時間で始まりました。

 

4,5人でのグループディスカッションで

魅力的な物語に深めていく作業。

 

はたして5分で物語は深まるのか?

 

ところが。。。

イメージしながら、人の物語を聴いていると、

とにかく楽しいのです。

 

見えなかった物語のパーツを質問によって埋めていく。

すると、どんどん物語のリアリティが増して、ますます楽しくなってくる。

 

5分という短い時間に、全力で1つの物語を楽しむ。

 

こんなに楽しいエンターテイメントがあるのかと思うくらい。

4人全員の物語を一巡して聴いた後、メンバー全員が口を揃えて「楽しい!」と。

2巡目を終えた時には、みんな軽い興奮状態でした。

もちろん、物語は、リアリティをもって深まっていきました。

 

物語をイメージしながら聴く。そして話す。

 

何も特別なスキルは必要ないのです。

 

イメージできさえすれば

 

みんなが「楽しい!」と思う時間をつくれるのです。