リフレーミングの力

 

2日目のセミナーに朝行くと、

昨日私が座っていた席に誰かが座っている。

 

見ると、よく知っているトレーナー仲間。

2日目だけの受講らしく、私は彼女の隣に椅子を出してきて

座ることにしました。

 

「そう言えば、一緒にペアワークしたことなかったもんね」

 

そんなことを話しながら、

フレーミングのワークをするのに

彼女の問題を出してもらいました。

 

「人のことをうらやましいと思ってしまうこと」

 

「美人は苦手だから避ける」

 

そんな悩みごとがするすると出てきて、

素直なところが素敵だなぁ、と思いました。

 

「そっかぁ、私避けられてたんだなぁ」

と言うと、なぜか大ウケな彼女。

 

どゆこと(笑)!?

 

まぁそれはさて置き、

フレーミング、リフレーミング

 

「人のことをうらやましいと思ってしまう」 

         ↓

「人のいいところを見つけるのが上手」「客観的に見られる」

 

「美人は苦手」

   ↓

「美に対する意識が高い」

 

そんな風にリフレーミングしてみました。

 

すると、

 

「そっかぁ!!そうだったんだぁ!!」

 

と、とってもうれしそうな、ほっとしたような笑顔。

 

私も、うれしくなりました。

 

セミナーが終わって、帰る時には

みんな年末のご挨拶。

 

ペアワークした彼女のところへ行って

「また来年もよろしくね」

そう言おうとしたとき

彼女の両腕が、ふわっと私の身体を覆って。

 

やさしく力強い彼女の両腕。

 

そして、両手で握手。

 

不意のことで、なんだか気恥ずかしくて

彼女の顔をじっと見ることはできなかったけど

ちらりと見た彼女は、とっても穏やかな笑顔。

 

心がポッとあったかくなりました。

 

今年もいろいろありがとう。

 

来年もよろしくお願いします☆

 

 

 

人の心を動かすものは?

 

今日は、セミナー2日目、 

毎回恒例のモデリング大会。

 

前回から、先生がモデリングのフィードバックをお一人お一人

されるようになったそうで、先生がYoutubeを見て、

その方のモデリングのポイントをフィードバックされた上で

再チャレンジする形になっていました。

 

ある女性の方が、みんなの前に出て、

和田アキ子さんのモデリングをされました。

 

ご本人は、とても控えめな

やさしい声と物腰の方。

 

その方が欲しい結果は、自分に自信を持つこと。

 

モデリングに力強さが表現できるといいですね」

 

そう言って、先生は、低い声をお腹から出す練習をつけ、

その方が人に訴えたい想いを

私たち観客の方に踏み込んで訴えることを

提案されました。

 

そして再チャレンジ。

さっきよりもずっと重みのある声で

和田アキ子さんになりきるつもりで

今の社会問題について訴えられました。

 

ご本人とは、真逆といってもいいくらいの人を

モデリングする。

 

なりきろうと、ものすごく頑張っておられることが伝わってくる。

 

先生が「もうワンテイク」と言う。

 

さっきよりもずっと声が大きい。

 

体の重心を落として、私たちに迫りながら思いの丈を訴えられる。

 

詰まりながら、ものすごい恥ずかしさと戦っていることが伝わってくる。

 

ただ、ものすごく一生懸命。

 

ふと。

 

気づくと、涙があふれてきた。

 

え?なんで!?

 

モデリングを見て、涙が出る!?

 

自分でもびっくりしていると、

隣の人も涙していることに気づいた。

 

 

人が心動かされるもの。

 

 

それは、素晴らしい演技をすることではなく

ただひたすらに一生懸命、ただ一生懸命、

自分の壁と戦っている姿。

 

そこに、変化が起こらないはずはなく、

そこにわずかな変化を見た時に、

人は心動かされ、涙すること

教えてもらいました。

 

 

 

ゲーム感覚で楽しんでやってみる

 

今日は、再受講のセミナー。

 

前回受けたときは、自分の無意識と対話するって

どういうことか、あまりわからなくて

スッキリできていなかったセミナー。

 

今日2回目受けたとき、最初

気づきや発見をシェアする人と

なかなか話が弾まなかった。

 

こういう時って、きっと相手も同じように

思ってるんだろうなぁ。

 

うーん、どうしよう。

 

しばらく考えてみたけど、

話が弾まなくてもいいから、

気にせず、聴きたいことを聞いてみよう、

そんなふうに思った。

 

「たとえば、どんな風に、

自分の無意識にアクセスしてるんですか?」 

 

すると、相手の方が、

「たとえば、夜寝るときに

『明日の朝、目が覚めた時に絶好調の体調になってますように』とか」

「ゲーム感覚ですよね」

と教えてくれた。

 

あ、それいいなぁ。やってみよう。

 

そんなことを思いながら、セミナーを受けていた。

 

講座の終わりに、一人の方が、

「自分の無意識にアクセスするって、

自分に問いかけるだけでいいんですか?」

と先生に質問された。

 

すると、先生が、

「そうです。誰も、自分の無意識にアクセスしてるかどうかなんてわかんないので。

言うだけでいいんです。」

「ゲーム感覚でやってみてください」

と。

 

そうなんだ!

自分の無意識にアクセスしてるかどうかわからなくてもいいんだ!

ゲーム感覚でやればいいんだ!

 

その時、ペアワークを一緒にやってた人が、

今朝、教えてくれた言葉を思い出した。

 

「ゲーム感覚でやる」

 

今日のセミナーの最後に、

前回私がわからなかったことへの答えと

ペアワークをした人が教えてくれたことが重なったとき

私が今日、持ち帰るべきたった一つのことは、

これだったんだ!と思えた。

 

そう思ったら、ペアワークをしていた人に

とてもお礼が言いたくなった。

 

「今日、ペアワークをさせてもらったおかげで

持ち帰るべきたった一つのことが見えました。

ありがとうございました。」

 

そう伝えると、にっこり笑って

「そんな風に言ってもらって、うれしいです。

明日もよろしくお願いします!」

 

そんな言葉がうれしかったセミナーでした。

 

 

 

情熱家なんやろなぁ

 

今日は、94歳の叔母のお見舞いに病院に行ってきました。

 

今朝は、症状は、和らいでいたものの

血圧が高く、熱も少しあるようでした。

 

そのせいもあってか、少し疲れた様子でしたが、

笑顔で迎えてくれました。

 

叔母と叔父と話していると、

午後の検温と、血圧を測りに

看護師さんが来てくれました。

 

「やっぱり微熱あるなぁ」って

体温計を出しながら、

看護師さんが言ったとき、

叔母がひと言。

 

「情熱家なんやろなぁ」

 

と。

 

叔母のいつもの瑞々しいユーモアが

健在で、とてもうれしかったです。

 

 

 

 

最高のいたずら

 


 

先々週に風邪気味かなと思っていたら

先週は腹筋が痛いほど、咳込んでいた。

 

今はずいぶん楽になったけど

それでも急に咳が出て、話を中断してしまうのが

申し訳ない時がある。

 

今日、仕事中にパソコンに向かっていると、

背後から人が近づいてくる気配がした。

 

声をひそめて

「静かに、静かに。」

とささやく声が聴こえる。

 

振り向くと、さっと机の上に何かを置き、

走り去っていく2人のインターン生。

 

なんだろう?

 

そう思って、さっきの場所に目をやると、

のど飴が。

 

ふっと、心がほどけた気がした。

 

「ありがとう!!」

 

走り去る2人の背中にそう言うと

いたずらが成功した子供のように

きゃいきゃい言いながら、走り去っていった。

 

しばらく、とてもしあわせな気持ちに包まれながら

のど飴を眺めていた。

 

最高のいたずらのプレゼントをもらったよ。

 

ありがとう☆

 

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ありがたいこと

 

昨日、叔母が入院したという。

 

今朝、聴いたときは、ビックリしたけど、

病院に行ってくれた両親から

今日は元気な様子だったと聴いてホッとした。

 

叔母や叔父が元気でいてくれるから、

父や母が元気でいてくれるから、

今の私がいる。

 

つい、それが普段のことのように

当たり前のように思ってしまうけど、

本当は、有り難いこと。

 

とても、有り難いことなんだ。

 

有り難いことが、当たり前のようになっている。

 

そんなしあわせなことがあるだろうか。

 

そんなありがたいことがあるだろうか。

  

改めて。

 

お父さん、お母さん

いつも元気でいてくれて、

本当にありがとう。

 

 

 

末っ子

 

今日は、94歳の叔母のところへ行ってきました。

 

今回は、泊まることはできなくて、日帰りで。

 

母が持たせてくれた料理の数々を

お昼に一緒に食べながら話す。

 

叔母は、母のつくる料理が大好きだ。

 

「お母さんは、末っ子やのに

しっかりしててえらいなぁ」

 

叔母が言う。

 

母は、8人兄姉の末っ子。

 

叔母は6人兄姉の末っ子。

 

「私は、気ままのやんちゃくれ」

 

叔母が笑いながら言う。

 

叔母は、8歳の頃、お母さんをなくした。

 

お母さんがいなくなった日の

病院からの帰り道、

電車の中で、お父さんが

 

「お母さんの分まで、かわいがっちゃるからな」

 

そう叔母に言ったのだと言う。

 

そうして育ったから

 

「私は、気ままのやんちゃくれ」

 

と。

 

叔母は、いつでも

つらいことも、困ったことも

何でもないことのように

ふっと笑顔を誘う言葉につなげる。

 

でも、私は

叔母の本当の気持ちを理解できているのだろうか。

 

初めて聴く叔母のお父さんの言葉に

気づかせてもらった。