忘れないもの

 

「あの人の携帯、もう替えやなあかんねんて」

 

97歳の叔母が言う。 

 

親戚の人が安全のために、

叔父に持ってもらうよう

携帯電話を契約したのが

10年ほど前だろうか。

 

ただ、叔父がその携帯電話を持ち歩くことはなく

携帯電話から電話をすることもなく

叔父のガラケーは、その間

ずっと家に鎮座していた。

 

そのガラケーのサービスが

終了するというお知らせが来たらしい。

 

「そうなんや。じゃぁ今度、

お店に行って、携帯替えてもらおっか」

 

って言うと、

 

「みっちゃんのお父さん、今度うちの人と

一緒に行ってくれるって言うてたよ」

 

「お父さん、携帯でなんでも調べてくれるで」

 

ん!?

 

好奇心旺盛な叔母がインターネットを使えるようになったらなぁ

と数年前に考えていた。

 

でも、プロバイダー契約とか、パソコンはなぁ。。

と思っているうちに

叔母の右手は、ほとんど動かなくなった。

 

そうか!携帯っていう手があったんだ!

 

「ね!今度新しい携帯に替えたら、

お父さんみたいに、知りたいこと

なんでも調べられるよ。

教えるからやってみない?」

 

って、叔母に言うと、

 

「そうやなぁ、教えてもらおうか」

 

って。

 

おぉ~!未知の機械相手に

 

「教えてもらおうか」

 

っていう叔母がすごい!

 

じゃぁ、私の携帯で早速体験してもらおう!

 

携帯の画面を見せながら、

 

この文字見える?

 

って聞くと、

 

「見えるよ」

 

って。

 

おぉ~。第一関門突破。

 

じゃぁ、ここにね、知りたいこと入れたら

調べられるから、なんか知りたいことない?

 

「う~ん。お天気にしよか」

 

いいね。

じゃぁ、ここに「た」って書いてあるの見える?

 

そこをね、ポンポンポンって叩くと文字が変わっていくから

「て」って出るまで叩いてみて。

 

そう言いながら、携帯を叔母に渡す。

 

力の入らない右手で携帯を持って

左の人差し指で、画面を押す叔母。

 

でも、軽く画面を押すことができない。

 

どうしても長押しになってしまって、

「た」で文字が確定してしまう。

 

しかも、右手が不安定だから、

画面のあちこちを触ってしまって、

検索画面から移動してしまう。

 

う~ん、やっぱり難しいかぁ。。。

 

って思っていたら、検索画面に

マイクのアイコンがあるのを発見!

 

私が音声検索を使っていないから

気づかなかったけど、文字が打てないんだったら

話してもらえばいいんだ!

 

「ね!ね!『天気予報』って言ってみて」

 

マイクのアイコンを押して、

 

「天気予報」

 

って言ってもらったら、今度はバッチリ!

 

叔母も、

 

「なんでも出るんやなぁ」

 

と、自宅の住所あたりの天気予報が出ることにいたく感心。

 

よかった~☆

 

って思っているところへ、叔父が入ってきた。

 

「あんたもみっちゃんに教えてもらいなぁよ」

 

って叔母。

 

「携帯で、知りたいことなんでも調べられるから

なんか知りたいことない?」

 

って、叔父に聞くと

 

「さぁよ。

〇〇ただしは、ちっとかしこなったかって」

 

〇〇ただしは、叔父の名前だ。

 

自分がちょっとかしこくなったか知りたいと。

 

3人で大笑いした。

 

記憶が薄れていく世界の中で、

「わからない」

という恐怖と一番戦っているのは

本人だと聞いた。

 

そんな世界にいながら

 

ユーモアを忘れない叔父と

 

いくつになっても挑戦を忘れない叔母を

 

私は尊敬する。