雨の中のあたたかさ

先日、雨の中で、ちいさなあったかさに出会いました。

 

横断歩道を渡ろうとしたときのこと。ふと視線を感じました。

見ると、小学校3,4年生くらいの傘をさした元気な男の子。

おばあちゃんらしき人と一緒です。

 

横断歩道を先に歩きながら、何度も振り返ります。

すると途中から、コクっとお辞儀をしてくれます。

振り返るたびに、お辞儀をしてくれる男の子。

おばあちゃんも不思議そうに振り返ります。

 

男の子とおばあちゃんにお辞儀をしながら、

次の横断歩道を渡ります。

横断歩道を渡ったところで、男の子とおばあちゃんは右の道へ。

私はまっすぐ。

元気にずいぶん先を歩いていた男の子は、振り返って最後にまたコクっと。

手を振ると、男の子も手を振り返してくれました。 

 

雨は、時々あったかさを運んできてくれるようです。

 

1年の中で、雨の多いこの梅雨の時期。

 

雨の日には、少し周りを見わたしてみてはいかがでしょうか?

 

ちいさなあったかさを見つけられるかもしれません。

 

「確認する」がもつあたたかさとは?

「一つ一つ確認したらいいですよ」

 

先日、友人が言った言葉です。

 

私がこれまで「確認する」に持っていた文字のイメージは、

角張った、 杓子定規な感じ、でした。

 

ところが、友人の言う「確認する」には、あったかさがありました。

「確認する」の言葉に初めて感じたあったかさ。

同じ言葉なのに、この違いってどこから来るんだろう?

不思議でした。

  

そこで、「確認する」の意味を調べてみました。

 

1.はっきり認めること。また、そうであることをはっきりたしかめること。


2 特定の事実や法律関係の存否について争いや疑いのあるとき、これを判断・認定する行為。当選者の決定など。

 

概ね、私が思っていた意味と同じです。

 

でも、何かピンとこない、ことないですか?

 

1.はっきり認めること。また、そうであることをはっきりたしかめること。

 

って、実際どうするんでしょう?

 

そこで、文字を分解してみることにしました。

 

「確認する」は、「確かめる」と「認める」の文字に分けられますよね。

 

ちょうど「認める」については、先日、記事にしました。

http://hikokigumo.hatenablog.com/entry/2017/05/26/000000

 

辞書に書いていた「認める」の意味は、

 

1.目に留める。「ある」ことが確かだと見てとる

2.見て判断する

3.間違いないと判断する

4.差し支えないとして、許可する

5.見どころがあるものとして、目に留める

 

じゃ、この「認める」ってことを「確かめる」ことなんじゃないかな?

 

そしたら「確かめる」ってどうやってするんだろう?って考えた時に

これまでの私の頭の中には、

 

1.自分で調べて確かめる

 

しかなかったことに気づきました。

 

「確かめる」もう一つの方法。

 

それは、友人が教えてくれた

 

2.相手と一緒に確かめる

 

ということ。

 

そこには、あったかさがありました。

 

「一緒に創っていく」イメージです。

 

そして、一つ気づきました。

 

「認める」って、全部 「自分」でしてることなんですよね。

 

1.目に留める。「ある」ことが確かだと見てとる

2.見て判断する

3.間違いないと判断する

4.差し支えないとして、許可する

5.見どころがあるものとして、目に留める

 

見てとる、判断する、許可する、目に留める、って全部 自分でしていること。

 

「認める」ことを「確かめる」

 

つまり、「確認する」の意味に書かれていた「はっきりと認める」ということは、

自分でした「認める」ということを、さらに「相手と一緒に確かめる」

ことなんだ。

 

「確認する」ということは、自分で完結する「認める」と違って

「相手と一緒に創る」ことなんだ。

 

ものごとを確実にするには、「相手と一緒に創る」ことなんだ。

 

友人の言う「確認する」に感じた、あったかさと「一緒に創る」イメージ。

 

改めて、深く味わうことができました。

 

「一つ一つ確認する」

大事にしたい言葉です。

 

「楽にできる」ところを見つける

あなたは、ものごとが「できる」ようになるために

必要なことって何だと思われますか?

 

たとえば

新しいことを学び始めた

新しいスポーツを始めた

 

そのスポーツや学びを楽しめるように

早く「できる」ようになりたいですよね。

 

ものごとが「できる」ようになるために必要なこと

 

それは、

 

「楽にできる」ところを見つけること

 

なぜか?

 

楽じゃないと、長続きしないから。

 

先日の歌のレッスン中のこと。

ワンフレーズの歌い直し。

先生がくれた一言で、声が楽に出せました。

すると、「ね、楽に出せたら、全然違うでしょ?」と。

 

確かにこのワンフレーズは、先生の言う通りに意識したら、楽に声が出せた。

でも、「楽に」声を出すって実際どうするんだろう?

先生に聞いてみました。

 

すると、「楽に」歌えないと、長い曲なんて歌えない、と。

 

コンクールが終わって、

「しっかり歌えました」っていう子は、だいたい落ちていて、

「なんとなく歌えました」っていう子は、合格しているのだそう。

 

「だから、コンクールを受ける子には、

とにかく『楽にできる』ところを必死になって探して!って言うの。」と。

 

「楽にできる」ところを見つけるのに、決まった方法はなく、

自分で見つけるしかない。

なぜなら、この声は、先生の声でもなく、人の声でもない、

自分の声だから。

でも、先生は、アドバイスはできる。

 

「だから、レッスンで、同じこと言われていやだなぁと思うかもしれないけど、

何度も同じことを言うのよ。

そうすることで、『本人が楽にできるところを自分で見つけられる』と私は思ってる」と。

 

この2,3日、「楽に」という言葉が、キーワードになっていた私に

先生の言葉は、とても響きました。

 

ものごとが「できる」ようになる道のりで、必ず見つけなければならない宝箱の鍵

 

それは、自分が「楽にできる」ところを見つけること

 

なのではないかと。

 

もし、あなたが

「できる」ようになる道のりの途中にいるなら

 

まずは、「楽にできる」ところを見つける

 

に、集中してみるといいかもしれません。

いいわるいではなく

ものごとを学んでいるとき、

 

たとえば、あなたが

ゴルフを習い始めたとします。

ボールが打てる=いい

ボールが打てない=わるい

だと思いがちになりませんか?

 

ライティングだと、

文章が書ける=いい

文章が書けない=わるい

だと感じませんか?

 

私は、そう感じていました。

 

ところが、先日友人と話していると

私が学んでいるライティングで

文章が書けなくてダメだと思っていることを

「いいわるいじゃない」と言うのです。

 

自分が書けなくてわるいと思っていることを、

いいわるいじゃないと言ってくれたこと、

うれしかったと同時に、とても新鮮でした。

 

なぜ友人は、

「いいわるいじゃない」と言うのでしょうか?

 

 

書ける=学び

書けない=学びじゃない

と考えると、生きることが苦しい と言います。

 

 

「書けない」ことがネガティブなことじゃなくて、

書けないからこそ、書けるように何をしてきたのかが重要なんだ と。

 

確かに、友人が言うように、学びって、書けない→書けるようになる

できない→できるようになる、ですよね。

 

でも、いざ自分がその状況にいると、書けない、できない

にとらわれてしまうんですね。

 

自分では気づけないことがあること、そして

そんな自分では気づけないことを気づかせてくれる友人の存在。

 

もし、あなたが

今 困っているとしたら

あなたの友達に話してみませんか?

 

あなたの困ってること

あっという間に解決するかもしれません。

 

身体の力を抜くためにもっと大事なこと

「身体の力を抜く」

 

昨日は、実際に、どうやって身体に働きかけるのか

について、書きました。

毎日「今、身体に力 入ってる?」を自分の身体に聞く。

そして、力が入っていたら、身体をふわっと緩めて

力を抜く。

 

でも、本当は、もっと大事な

「身体の力を抜く」ために必要なことがあります。

 

自分の身体に問いかける、以外に、毎日すること。

 

それは、人とつながること。

 

 なぜか?

 

心の緊張が解けるから。

 

身体に力が入るのは、気が張っていたり、緊張していたりすることが

そもそもの原因。

 

友人の訓練メニューには、その原因である心のケアも含まれていました。

 

それは、毎日報告すること。

 

報告する内容は、今日も力を抜くように意識する、ということ、

そして、やってみて気づいたことがあったらそれも書く。

その報告に対して、友人がフィードバックをくれます。

 

自分のしていることを、毎日応援してくれる友人がいる。

 

そのことが心を緩めてくれます。

  

だから、10日を過ぎたころ、

私の周りに、笑顔が増えたと感じた時に、

自分にどんな変化が起こったのかを見てみると、 

人に対して、楽に接することができていることに気づきました。

 

不思議です。

いい関係を作ろう、いい関係を保とうと、頑張っているときより

楽な自分でいる方が、笑顔が増えるのですから。

 

常に気が張っていて、緊張していて、

でも、年齢と共に、見た目には

そうわからないように振る舞えるようになる。

 

それが、あなたが気づかないうちに

どこかに無理がかかっているかもしれません。

 

もし、あなたが

「なにかうまくいかないな」

「人との付き合い方、難しいな」

「肩こりがつらいな」

と感じたら

 

「身体の力を抜く」

そして

「毎日誰かとつながる」

 

その誰かが、あなたを応援してくれる人だったら幸せですね。

 

身体と心を切り離さず、一緒に力を抜いて楽になる方法。

 

3週間後に訪れる変化を是非 楽しみにしていて下さいね☆

身体の力を抜く

あなたは 肩こりに悩まされていたりしませんか?

 

私は、肩こりがひどく、長い間 整体に通っていました。

少なくとも1か月に1回、多い時は 週に1回。

1か月に1度を逃すと、2か月目には身体がどっと疲れてしまいます。

 

そんな私は、先生に

「もっと身体の力を抜いて」と整体中に言われるほど、

常に身体に力が入っていました。

 

病院で、7年越しの治療を受けていることも

先生に「身体の力を抜いて下さい」

と言われていました。

 

「身体の力を抜く」

 

よく言われますよね。

 

では、どうしたらいいか、おわかりになりますか?

 

私は、ずっとわかりませんでした。

 

ところが、先日 友人が、私には

「身体の力を抜くことが大事かもしれない」と

長年、先生方に言われてきたことと同じことを言うのです。

 

そこで、友人が提案する方法で

「身体の力を抜く」訓練をすることにしました。

 

「身体の力を抜く」訓練

 

それは、

 

「身体の力が入ったな、と感じたら、身体の力を抜く」

 

というシンプルなもの。

 

まずは、身体に力が入っているかどうか、

1日のうちに、何度か意識してみることにしました。

 

意識してみると、すべてのタイミングで、力が入っています。

そこで、身体をふわっと緩めて、力を抜きます。

やってみると、その瞬間、ほっとする感覚です。

 

これを1日のうち、何度か繰り返し、しばらく続けてみました。

 

10日を過ぎたころ、意外なことに気づきました。

 

「もしかすると、私の周りに笑顔が増えてるかも」

 

 

身体の不調を解消するためだと思って、始めた身体の力を抜く訓練。

 

ところが、その効果は、まったく予想していなかったところから現れました。

 

おそらく、提案してくれた時から、友人にはそれが見えていたのかもしれません。

 

 

もし、あなたが

「なにかうまくいかないな」

「人との付き合い方、難しいな」

「肩こりがつらいな」

と感じたら

 

「身体の力を抜く」

 

まずは、今日一日、身体に力が入っていないか

意識して、ご自身の身体を見てみて下さい。

 

そして、力が入っていたら、ふわっと身体を緩めて

身体の力を抜く。

 

そして

今日も素敵な一日を☆

 

 

涙の力

よく、「『決める』ことが大事」って言われますね。

 

たとえば、

「今日のお昼、何食べようかな?」

レベルの質問だと、簡単に決められます。

 

でも、あなたにとって大きな決断だったりすると

迷いますよね。

そして、なかなか決めることができない。

決めることができないから、なかなか前に進めない。

そんな状態、ありませんか?

 

迷っていることを「決める」ために必要なこと。

 

それは

 

「涙する」こと。

 

なぜか?

 

過去に引き止められて、動けなくなっている自分を

全部 押し流してくれるから。

 

先日、これよかったですよ、と教えてもらった曲を聴いていました。

1回目。綺麗な曲だな。

2回目。気がつくと、涙が溢れていました。

その後は、堰を切ったように涙が一気に流れました。

 

その時に感じたこと。

涙が、私の中で詰まっていたもの、

迷っていたものをすべて押し流してくれた

そんな感覚でした。

 

何度かその曲を聴いたあと、迷っていたことを

一つ決めることができました。

すっきりと前に進める感覚。

 

今まで 過去に引き止められていたのが

涙で過去を押し流し、

「これから」に目を向けられるようになったのです。

 

何が あなたの涙を流すきっかけになるかは わかりません。

 

でも、私の涙した過程をよく見てみると、

おそらく 次のようなことが起こったのだと思います。

 

あなたの心の奥に押し込めていた気持ちを表してくれているもの。

それは、言葉かもしれませんし、音楽だったり、風景だったりするかもしれません。

それが涙を生み出します。

 

そして、涙があなたの押し込めていた感情を表に引き出してくれます。

その時に、あなたは、押し込めていた感情と向き合わざるを得なくなりますが

涙の力で、その感情を 自然と「認める」ことができます。

あとは、涙が一気にその感情を押し流してくれます。

 

そのあとに見えてくるもの、それは「これから」。

 

押し込めていた感情とは、「過去」にしばられている感情です。

 

涙が、あなたの「過去」と「未来」つないでくれ

あなたを再生させてくれます。

 

涙が持つ「再生」という強力な力。

 

今日、試してみませんか?