受け身が大事

今日は、年に一度の道場全体の演武大会。

小学生から有段者まで一堂に会し、日ごろの稽古を演武で披露する日でした。

 

これまでは、自分の稽古でも、演武を見る時でも、取り(相手を倒す側)にいつも視点が

行っていました。

演武大会で取りをするのは、主に師範や有段者の方たち。

先輩方の技がどんなものか、いつも視点は取りにありました。

 

ところが、今回の演武大会で、魅了されたのは、受け(受け身をとって倒される側)の方々の演武。

私のような初心者の技にも、全力で投げ飛ばされてくれます。

そう、取りの技如何に関わらず、全力で投げ飛ばされて下さる受けの方によって

演武は素晴らしく成り立つのです。

また、有段者の方々が小学生に大きく投げ飛ばされたあと、次の瞬間には元の体勢に戻っている

軽々とした美しい身のこなしに目を奪われました。

 

そして閉会の辞。

日頃の稽古と今日の演武を称えて師範が言われたのが、「受け身が大事」と。

受け身によって、身体、型、氣が作られていくと。

そして、学び、まねて、練習することによって必ず上達していくと言われました。

 

「受け身が大事」。

 

なぜか?

 

受け身をとることによって、基本の型を覚えていくことができるからです。

 

どういうことかというと、

 

受け身で大事なのは、できるだけ素直に受けをとること

           ↓ そのためには

相手に逆らわず、素直に受けをとるためには、相手の動きをよく観察する必要がある

           ↓ すると

先輩の相手の動きが分かってくる

           ↓ そして

先輩は受けで技のつかい方や体のつかい方を無言で教え、導いてくれている

           ↓ だから

基本の型を覚えていくことができる

 

のです。

 

この「受け身が大事」、合気道だけでなく、他のことにも通じると思いませんか? 

 

もし、あなたが、ものごとが思うように上達せずに悩んでいるなら、

もし、あなたが、上司とうまくいかないと悩んでいるなら、

もし、あなたが、人間関係がうまくいかないと悩んでいるなら、

 

「受け身が大事」を思い出してみて下さい。

 

相手に逆らわず、相手を観察し、素直に受け身をとる。

するといつの間にか、相手の攻撃を受けながらも、相手の力をあなたのものにし、

軽々と相手との関係を築いていく基本の型を手に入れることができるでしょう。

 

 

 

 

 

ピンチにジョークを

12月は、決算月。

様々なところから、締め日までに滑り込ませたい案件がどんどん押し寄せてきます。

ところが世間はクリスマス休暇。

本部で処理してくれる人手が足りなくて、物事が遅々として進みません。

リクエストだけがどんどん私のところに積み上がっていきます。

10,000km離れた上司との週3回のミーティングもここのところ毎日で、ただただ用件のみを

次から次へと伝えて処理していく。

しかもこんなぎりぎりに滑り込ませようというものは、大体が一筋縄ではいかない案件。

次第に心に余裕がなくなっていたのだと思います。

すると先日、上司とのミーティングを終えてしばらくしてから、「在庫」というタイトルの

メールが届きました。

何だろうと思って開けてみると、上司の名前のついたプラスチックのトレイが

渦高く積み上げられた承認待ちの書類の山の重みで、真ん中からメリっと割れて

ずっこけたように傾いた書類の山の写真が一枚。

思わず吹き出したと同時に、ふっと肩の力が抜けました。

 

ハリウッド映画でも、絶体絶命の危機にさらされている場面で、主人公が時々ジョークを言う

シーンがありますよね。

どんなに絶体絶命のピンチでも、どんなに状況が悪いように見えてハラハラしても、

主人公がその場面でジョークを言うと、絶対やられる気がしないと思いませんか?

 

もし、あなたが、心に余裕がなくなっているように感じていたら、

もし、あなたが、 ピンチに立たされているなら、

もし、あなたが、どう考えても分が悪い状況にいるなら、

 

ハリウッド映画の主人公のように、ジョークを決め台詞で言ってみませんか?

 

あなたは、絶対 負けません。

 

 

 

 

 

 

失敗から大逆転するには

いよいよクリスマスライブの日。

それぞれが1部と2部に1曲ずつ歌うことになっていました。

私の順番がやってきて、1曲目。

大失敗。普段の練習よりも声が出ない。

この日のためにこれまで練習してきたのに。

緊張して肩と喉に力が入ってしまった、発声練習が十分でなかったなど、いろんな失敗の原因を

考えて、落ち込みました。

こんな歌を聞かされたお客さんは嫌だろうな、そう思うとますます落ち込みました。

 

でも、まだ2部に1曲残っています。

今、この瞬間にできることを考えました。

ストレッチをしてみる、喉をもっと開けてみるなど、技術的なことがいろいろと

思い浮かんできました。それをとにかく全部やってみる。

そして、何よりも「楽しそうに」歌おうと決めました。

 

いよいよ私の2曲目。

「楽しそうに」歌うと決めて臨んだ2曲目は、大成功でした。

必ずしも声が思うように出たわけではありません。

それでもたくさんの拍手と良かったよ、素晴らしかったよの声を頂きました。

 

一度大失敗をした後、なぜ2度目はうまくいったのでしょう?

技術的なことではないことは確かです。

一度失敗をして、落ち込んで、そのまま2度目も失敗する場合と、今回のように

一度目に失敗して落ち込んでも、2度目に大逆転できる場合があります。

その違いはどこからくるのでしょう?

 

失敗をすると、意識はまず自分に向かいます。

自分の良くないところが浮き彫りになり、自分を責めて落ち込みます。

問題は、その後です。

今回の場合、とことん落ち込んでから、お客さんに楽しんでもらうにはどうすればいいのだろう、

と考えました。そして、お客さんから見て「楽しそうに」歌うと決めたのです。

そう、視点が、「私」から「あなた」に変わっているのです。

 

失敗した時の自分は、ツッコミどころ満載です。

失敗の原因は、自分の中にいくらでも見つけられます。

ほおっておくとどこまでも落ち込んでいけます。

また、意識が自分に向いたまま、技術的なことに失敗の原因を求めると、今この瞬間に

劇的に改善できることはほとんどないでしょう。

つまり、失敗した時に、自分に意識を向けたままだと、大逆転は難しいのです。

 

失敗して、とことん落ち込んだら、今この瞬間にできることは、

「私」から「あなた」に視点を移すこと。

「あなた」に楽しんでもらうためには、「あなた」に喜んでもらうためには、どうすればいいか

を考えるのです。

 

もし、あなたが、大失敗をして立ち直れないと思っているなら、

もし、あなたが、ミスをして落ち込んでいるのなら、

もし、あなたが、うまくいかないと悩んでいるなら、

 

一度、視点を「私」から「あなた」に変えてみて下さい。

 

きっと、大逆転がねらえるはずです。

 

 

 

変わらずに好きなもの

老朽化した実家の倉庫を替えることになり、今日は、両親が倉庫の整理を始めたと

電話がありました。

整理をしていると、私と弟の小学校の時の200字帳を見つけたと言って、笑いながら

いくつかの作文を読んでくれました。

その中で、あれ!?と思ったのが「音楽」という作文です。

気恥ずかしいですが、少し書かせて下さい。

 

「音楽」

今日、お母さんに怒られた。

私は少しムッとして聞いていた。

説教が終わったので、ピアノを弾きに行った。

そのときお母さんが、私の名前を呼んだ。

私は「はい」ととても低い声で言った。そしたらまた怒られた。

私はまたまたムスっとした。

ピアノを弾いていたらとてもいい気分になった。

ムスっとしていたのが次第に良くなっていた。

私の心を柔らかくしてくれるのが音楽だ。

 

すっかり忘れていましたが、どうやら私は、母にしかられては、ピアノに癒しを求めていた

幼少時代を過ごしていたようです(笑)。

 

先日、師から「音楽をしていましたか?」と尋ねられた時に、初めて、これまでの音楽と

自分との関係を振り返り、音楽が常に自分のそばにあったこと、いかに音楽が自分にとって

大事だったかに気づきました。

そこへ今回の200字帳の出現です。

小学生の頃から、私のムスっ(笑)とした心を音楽が癒してくれていたことを知り、

いかに自分が音楽が好きなのかに、初めて、気づきました。

 

自分の好きなもののことくらい自分でわかっていそうなものですが、いつの間にか

見失っていたりするのですね。

 

もし、あなたが、私の好きなものって何だろう?とわからずにいるなら、

もし、あなたが、私のしたいことって何だろう?と探しているなら、

もし、あなたが、私の取柄って何だろう?と迷っているなら、

この年末の時期、倉庫を片づけて、小学校の頃の作文帳やアルバムを探してみませんか?

 

その時とても好きだったことに、今も変わらずワクワクする自分の気持ちを発見し、

あなたの2017年をあなたの好きなことがますます輝かせてくれるようになるでしょう。

 

 

少しの立ち止まる時間をとることによって

先日、いつも元気な同僚が、あまり元気がない朝がありました。

彼女には10ヶ月になる男の子がいて、先日から彼女も赤ちゃんも風邪気味だということは

知っていたので、具合を聞きました。

すると、疲れきった様子で、家庭崩壊しそうです!と、なにやら尋常ではない様子。

聞くと、離乳食が進まないため、ミルクをあげていると、保育士さんからミルクの量を

減らしてくださいと厳しく注意されるとのこと。

なので、夜に泣いてもあげないでいると、一向に泣き止んでくれないために、睡眠不足になり、

しかも保育士の先生からは、まだ減らしてくださいと言われ続けるので、追い詰められた

気分になって参っているとのことでした。

 

たくさんいる保育士さんの中でもベテランのその方に担当してもらえてよかったなと

思っていたそうですが、赤ちゃんにも個人差があるはずなのに、何を言っても断定的に

言われることが辛いと。

 

初めての赤ちゃんで、大変ながらも、先日まで子育てを楽しんでいました。

離乳食が遅れていて気にしているのはお母さん。

そのお母さんを追い詰めてしまっては元も子もありません。

いつの間にか知識に頼り、目の前のお母さんが見えなくなってしまったのかもしれません。

 

私が密かにファンになっている介護士のOさんは、「介護職は、”正論”という武器を捨てる」

そしてそれが相手の心に寄り添うことにつながる、と言われました。深い言葉です。

 

今回の保育士さんにも、「”正論”という武器を捨てる」がまさに当てはまるのではないでしょうか。

正しい時期に正しい離乳食を進める、というのが正論でしょう。

保育士さんは、この正論をもってお母さんに接しました。

するとお母さんは、たちまちに心を閉ざし、毎日のミルクの記録に偽りの数字を書こうかとまで

考えるようになりました。

楽しんでいた子育てが家庭崩壊しそうだと思うようになりました。

 

もし、あなたが、自分の方法が一番正しいと思っているとき、

もし、あなたが、自分の知識に自信をもっているとき、

もし、あなたが、自分が一番相手のことを思っていると自信があるとき、

一度「”正論”という武器を捨てる」、を思い出してみて下さい。

あなたが一番正しいと思っている方法、知識が、相手の心に寄り添い、相手の笑顔を

引き出すものなのか。

「”正論”という武器を捨てる」を思い出し、少し立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

 

この「”正論”という武器を捨てる」を思い出す少しの時間を取ることによって、

あなたの知識と自信は、自分だけのものではなく、人から求められるものとなり、

揺るぎないものとなるでしょう。

 

 

 

よく笑いよく食べる

昨日からある問題の解決策を求められ、これで関係者全員にとって一番公平に解決できるという

策を持って臨んだミーティングで、快諾が得られず、しかもこちらに火の粉が飛んできた!

 

思ってもいなかったミーティングの結果に、脱力して部屋に帰ってくると、同僚が何かを察してか

「今日はお昼に公園に行って食べませんか」とのお誘い。

一も二もなく「行く!」と答え、完全防備で寒風吹く公園へ。

冷たい澄んだ空気の中、雲ひとつない青空とコスモス畑のもとで食べるお弁当は、とても美味しく、

心身をリフレッシュさせてくれました。

と、思っていたのは私だけで、寒がりの2人は途中から手がかじかんで、手袋をしながら

お弁当を食べ「今日外で食べるのは間違っていたかも。。」と笑いながら後悔。

それでも、よく笑いよく食べ、オフィスに戻る頃には、すっかり充電完了。

 

もし、あなたが落ち込んでいたり、悩みごとがあったり、エネルギーレベルが下がっていると

感じていたら、外に出て、自然のもとでよく笑いよく食べてみませんか?

この季節、少しためらうかもしれませんが、少し寒いくらいが、より一層あなたを

リフレッシュさせてくれます。

そしてよく笑い、よく食べる。

するといつの間にか、あなたのエネルギーレベルは、MAXに充電されていることでしょう。

 

 

 

どちらが大変か?

 あなたは、大変なこと、難しいこと、厄介なことって、どんな基準であなたが判断しているのか

ご存知ですか?

 

先日、大事なものを落としたかもしれない!大きな冷や汗をかきました。

大事なものとは、カードキー。

もしもなくしていたら、一大事です。

ちょうど時を同じくして、急ぎでかつ複雑な仕事が降ってきていました。

仕事が降ってきたときには、ちょっと大変だなと思っていたのですが、

今はそのことよりも、気持ち的にはカードキーのことが気になって集中力が削がれてしまい、

どうしてこんなときに、という思いが募ります。

 

幸いカードキーは、私のお財布の後ろのポケットから出てくるのですが、ここで、興味深いのは、

急ぎの複雑な仕事が降ってきたときは、大変だと思っていたものが、それよりも心配なことが

出てきたおかげで、急ぎの複雑な仕事はなんてことないと感じているのです。

カードキーが無事見つかった喜びも手伝って、急ぎの複雑な仕事は、スムーズに片付いて

いきました。

 

物事の大変か大変でないかを判断するのは、どちらが大変か、という「比較」によるところが

大きい。

つまり、あなたが今大変だと感じていることは、実はそんなに大変じゃないかもしれないのに、

自分で大変だと感じてハードルを高くしている可能性大なのです。

もったいないと思いませんか?

 

もし、あなたがこの仕事大変だなと感じているなら、

もし、あなたがこの問題難しいなと感じているなら、

もし、あなたがこれをするのは厄介だなと感じているなら、

 

「大変だ」「難しい」「厄介だ」という感覚は、「比較」からきていることを

思い出してみてください。

 

何と比較して自分は「大変だ」「難しい」「厄介だ」と思っているのか。

 

もしかすると、私はこんなことで大変だと思ってしまうくらい、恵まれているんだと

気づくかもしれません。

 

そして、「簡単だ」と 思うことから、始めてみてはいかがでしょうか。

 

簡単だと思ってやってみると、思っていたよりも簡単にできてしまうことが

いかに多いかということに気付くでしょう。